音楽家が音楽家として生きていける国をつくる。音楽家が“起業”する世界に。
音大生にもやってきた「就職」の流れ
近年、音楽大学「卒業後何をする?」が話題になった時に音大生に「就職」を進める流れが増えてきました。
もちろんこれは決して音楽大学に限った話ではなく、日本の大学の場合は特にどの大学も入学した時から出口つまり「就職」を見据えているのですから、自然な流れといえば自然です。
そして、この背景には「大学側の事情」も少なからずあります。
少子化が加速していく日本で、大学はどこも生徒数の確保に苦戦を強いられていて、大学としては自分の学校の存続を続けていくために未来の生徒やその親に対して「営業」をしなければなりません。
生徒本人はともかく、親からすれば「音大卒業の進路に対する安心感」が欲しい(人が多い)ので、
「音大に行った後ってどうなるの?ちゃんとうちの子は生きていけるの?」といった心配を学校としては払拭しておきたい。
逆に言えばもしその点が払拭できないなら音大に入れること自体全力で止めよう。となってしまう可能性すらあります。
そういった「卒業後の進路」に関する不安材料を解消するためにも、大学側は未来の生徒や親に対して「卒業後の進路」を保障(うちは就職実績も豊富なので安心ですよ!とアピールする)しようとします。
そういった需要が増えてきたこともあり、音楽大学生向けの就職支援書籍や、企業なども増え「音大を出て就職(就活)する」流れが生まれてきました。
この記事では、そういう風潮に対して少しだけ角度を変えて投げかける内容をまとめてみます。
「音楽家」として成功したい。音大生が抱える本音。
まずはじめに断っておきたいのですが「音大を出て就職することがおかしい」と言っている訳ではありません。
多くの一般大学の卒業生も学部とその就職先が必ずしもリンクしていないというのは普通のこと。
なので、音大に入ったもののさまざまな理由から大学卒業を一つの「区切り」にして新しいキャリアをスタートする選択肢は、それはそれでとても素晴らしいことです。
しかし、音大卒業後、就職を考えている人全員がそういった形で“キッパリ”と心を決めている訳ではないかもしれません。
ここが一般の大学と違う部分の一つかもしれませんが、音大生の場合は自分のなりたい音楽家という職業に対してそのスタート地点がみんな早いということもありそうです。
多くの人が、音大に入るまでにそれなりの年数を音楽や楽器に対して費やし、努力をしてきたはずで、そうやって情熱をかけてきた音楽に対して“キッパリ”とやめる決断というのはなかなか勇気のいることだと思います。
結果、今この記事を読んでいる人の中にも、就職を考える人の中にも、例えば「親を安心させないといけないから」とか「なんとなく不安で就職しないといけない気がするから」といったぼんやりとした理由から就職を選ぼうとしている人もいるのではないでしょうか。
音大生は元来真面目な人が多い上に、卒業したら誰だって生きていかないといけないのですから、就職が現実的な選択肢になることは当然といえば当然かもしれません。
しかし、繰り返しになりますがこれまで自分が人生を捧げてきた音楽を辞めることに、なんとなく“違和感“を感じている人はいませんか?
やっぱり音楽で生きていきたい。
実はそう思っている人も少なからずいると思います。
では、一体どういう生き方があるのでしょうか。
音楽家のマルチキャリア化。音楽家の「副業」とその効果。
最初に結論をお伝えすると、音楽家は今後ますますマルチキャリア化していくと思います。
生き方の多様性ですね。
これまでは音楽を通して安定した収入を得るためには、音楽一本で生計を立てるのが一般的で、オーケストラなどの会社や事務所所属になるといった限られた選択肢がその大きな道でした。いわゆる『餅は餅屋』の世界で『音楽家は音楽家』だったわけです。
しかし、これはすでにみなさんが肌で感じておられることだと思いますが、例えば
YouTubeなどの新しいプラットフォームを活用して自身の活動をPRする音楽家が増えるなど、SNS等も使って音楽家が自由に自分を発信することできる
という選択肢ができ、音楽家にも多様な生き方・選択肢が生まれてきました。
そして、それと同じように(これも音楽家に限った話ではありませんが)いわゆる「副業」という自分のメインの活動(演奏やレッスンといった自身の楽器スキルを生かした活動)とは別の収入源を手に入れることで生き方に幅を生み出すという人も増えました。
こういった本業の他にもいくつかの収入源を持っておくことを最近では『マルチインカム』と言ったります。
実際、私たちSalon d’Artスタッフの中や周囲にも
- コンサートマネジメント
- チラシなどのデザイン
- 音響エンジニアカメラマン
- 映像編集者
といった副業スキルを持つようになった音楽家がいます。
これらは、やはり元々「デザインが好き」とか「録音に興味があった」といった好きや趣味から派生して副業になっているケースが多いですが、結果的にその副業が自分自身や、自分の周囲の音楽家の活動を助けるこことになっています。
音楽家が音楽以外のスキルで音楽家を助けているという点では、『クラシック音楽界』にとっても「音楽家の副業の増加」は良い流れと言えるかもしれません。
もちろん、それを専業にするプロフェッショナルな方々と比べれば細かい技術面などで劣る部分はあるのですが、「音楽家だからこそ」が強みになる点もあります。
例えば、
①元々アーティスティックな感性を持つ音楽家が、自分の感性を生かせる
②凝り性な性格やこだわるタイプの人が多く、「良いものをつくりたい」というクリエイティブな仕事が元々向いている
③音楽家の想いがわかっている
という点です。
こう見てもやはり音楽家が音楽家をサポートするような副業をすることは非常に理に適っている気がしますね。
もちろんあくまでもこれは、“音楽に関係する副業を身につける人が多い”という傾向の話でしかありませんので、実際には直接、音楽と関係のない副業を身につける人もいます。
自分が興味のある分野、人より少し得意かな?という分野を副業にしてみることを生きる上での選択肢の一つとして持っておくと良いかもしれませんね。
いずれにせよ、副業を身につけることで自身の収入源を音楽活動以外にも確保することができるので、長い目で見た時に「自由な音楽活動」を続けていく上での大きな糧のになることは間違いありません。
実際の音楽家×副業を身につけた人の声
少し意外かもしれませんが、副業を身につけはじめた方は、いわゆるフリーランスとして活動する音楽家だけではありません。プロのオーケストラ団体に所属して演奏しながらカメラマンとして活動する人といった一昔前ではあまり考えられなかったような生き方も生まれています。
実際にそういった音楽家の方々と話すと、
「音楽だけをやっていた時に比べても、音楽をより楽しいと思えるようになった」
「(30歳くらいになって)いつか音楽できなくなったら…という不安が常につきまとうようになって副業を身につけたいと思った」
という話も聞きます。
音楽家の皆さんならこの気持ち、なんとなく分かるのではないでしょうか?
いずれにしても音楽家も生活がある以上、生活(や今後の人生)に対して何かしらの「安心感」を持っておくことは非常に重要なのだと思います。
やりたいことを突き詰めるために。起業する音楽家。
そして、そんな「副業」や自分の音楽活動を掛け合わせて発展させるような形で「会社」を起こす(=起業する)音楽家も若い音楽家を中心に増えてきました。
有名なところで言うとピアニスト反田恭平さんのジャパン・ナショナル・オーケストラ株式会社などがありますね。
ジャパン•ナショナル•オーケストラの公式ホームページ。2019年に立ち上げたMLMナショナル管弦楽団から改名し、2021…
これまで音楽家に馴染みのある会社と言うとオーケストラなどの組織に多い「一般社団法人」や慈善活動に軸を置く「NPO法人」でしたが、昨今の世の中の流れをうけて利益を追求する「株式会社」を立ち上げる音楽家が増えたことも特徴的です。
私たちの周りでも、知り合いの若手ピアニスト夫婦がピアノ教室業を軸にした株式会社を立ち上げていたりします。
今や音楽家が会社を起こすことは「当たり前」のひとつになりつつあり、
2023年の10月から始まるインボイス制度の導入等もあり今後ますます「会社」を立ち上げる(もしくは会社に所属する)音楽家が増えることは間違いありません。
ビジネスと音楽の共通点
ここで、少し脇道に話を逸らしますがビジネスと音楽には共通点があります。
ビジネスを少し勉強するようになると必ず言われることの一つに「顧客目線に立って考える」があるのですが、ステージに立って自身の演奏を届ける音楽家にとってこの「お客さんを意識する」ということは日常的にやっていることですよね。
他にもビジネスの基本である「お客さんを喜ばせること」という考え方、これも音楽家にとってはごく当たり前のこと。
ビジネスにとって最も大切な要素を無意識下でできる音楽家は実はビジネスにも向いているのかもしれないなと思います。
(ちなみに最も大きい相違点は「合理性」だと思っています。少ないコストで大きな利益を生みたいビジネスのマジョリティな考え方と、たくさんの練習の先にたった一回の本番を迎える音楽家はある意味正反対の存在。他にも、音楽家は圧倒的に税や法律などに弱い人が多いという弱点もありそうです。)
私たちもこうして音楽家の起業をした
そして、こうしてここまで記事を書いている私たちSalon d’Artもそんな音楽家が起業した例の一つです。
元々個人事業主(フリーランス)として活動している音楽家が会社にすることのメリットやデメリットなどはそれぞれありますが、より大きなことを実現していくのであれば会社組織があると良いということは間違いありません。
幸せにできるお客さんの数、スタッフとして働いてもらう音楽家の数も会社になることで飛躍的に増えますので、音楽シーン全体に対して落とせる“幸福度”の量はやはり個人とは比べものになりません。
そして、先ほどの反田さんの会社しかりですが「株式会社」という会社組織は基本的に「利益を出すこと」が会社の性格上強いので、結果的にその会社によって生活を保証される人が増えるということも忘れてはいけないポイントだと思います。
今後、クラシック音楽家の活動を後押しするような「会社」が増えることは、日本の音楽シーンを盛り上げる上でもとても良いことですよね。
クラシック音楽を専門にした会社がたくさんある国というのは世界的にみてもまだ多くはありませんし、なんだか少し夢がある気がします。
まとめ〜音楽家が音楽家として生きていくために必要なこと〜
さて、長々とお話してきた本シリーズですが、そろそろまとめに入りたいと思います。
若い人たちが音楽大学を卒業→就職という選択肢を選ぶことも多い今の状況で、今後音楽家として活動していくことを目指すのであれば、
①音楽活動を続けるための「生活基盤」は絶対に必要
②音楽とは別に自分の好きな分野を活かした「副業」を持つ
③場合によっては「起業」も視野に入れる
というお話でした。
もちろん①をやる中で自身の音楽活動が軌道に乗り、いわゆる『音楽だけで生きていける』状態になったのなら②や③は不要になることも多いと思います。やっぱり音楽家としての道を志した以上、
大きなコンクールに入賞して演奏活動をバリバリやって、音楽大学のポストも獲得して、世界的にも活躍する音楽家になる。
といういわゆる「王道」の生き方をできるのであればやっぱりそれはとても幸せなことです。
ただ、それだけが音楽家としての生き方だったのはもしかすると少し前までの話で、今はそれ以外の生き方を選ぶ音楽家もいるんだということを忘れないでいてほしいと思います。
先ほどの世界的プレーヤーとしての音楽家の例も、決して例外ではなく「いざ自分が演奏ができなくなったらどうするか」という視点は常に持っておいたほうがいいかもしれません。
「目的」が「手段」になってしまう
この『音楽だけで生きていける』状態でも、ひとつ落とし穴のようなパターンがあるということもお伝えしておきます。
それが、「生活のために音楽をするようになってしまう」というパターン。
肌感としては30代くらいのフリーランスの音楽家に多い落とし穴だと思うのですが、30代くらいになって音楽を続けていられる音楽家はある意味で「第一段階」をクリアした音楽家です。
20代前半で音楽を仕事としてスタートし、そこから演奏の仕事やレッスンなどの仕事をもらえるようになり、ある程度固定の仕事先もできてきている状態で、この状態になるととりあえず「自分一人が生活するくらいの収入」は確保できるようになっています。
そのタイミングで、30代くらいになりライフスタイルの変化(結婚もしくは子育て?)などもあり「これだけでは収入が足りない」という状態に陥る。
もちろんそこから上手く自分の仕事の単価や量を上げていければ良いのかもしれませんが、クラシック音楽の世界が元々ある程度の相場感が固まっている業界かつ、業界自体にお金がないということも重なって、なかなか収入が増やせない。
結果的に「自己表現としての音楽」というよりは音楽が「お金を稼ぐ手段」になり、毎日『お金を稼がないといけない』という思考が頭を巡り、気づくとなんとなく目から生気が失われてしまったりする…。
最後に
改めていうまでもないことですが、“音楽”はやはり音楽家にとっての「表現活動」であって、お金を稼ぐためのスキルと「=(イコール)」ではありません。『やりたくないけどお金になるから』という音楽仕事はなるべくならやらないほうがいいのかもしれません。
そういった意味でも、「副業」なども見据えてある程度早い段階で、自分の生活の基盤を広げておくことは大切なことだと思います。
この記事が、音楽を続けながら生きていきたいと思っている方の何か少しでもお役に立っていたら嬉しいです。
(本記事はここまでとなります。ここから先は、より具体的に行動に移してみたい。という方向けのご案内になります。)